紅茶の抽出における ジャンピング の重要性について その4
さて、長かったジャンピングのお話も、今回が最終回です。
前回は、
★お湯を沸騰させると二酸化炭素が減り、お湯はどんどんアルカリ
になっていく。★
★酸素は紅茶を渋くさせている。でもミルクティーなら美味しい★
★お湯に含まれる空気の量によって、紅茶の味自体が変わる★
★茶園では、「沸かしたてのお湯の状態で美味しい紅茶」を作って
いるから、沸かしたてのお湯の紅茶が美味しい★
★だから、お湯の中の空気の量を見せてくれるジャンピングは、指
標として非常に重要★
という話をしました。
世界中の茶園で、そして各地のティーオークションでは、沸かした
てのお湯でテイスティングしているんですから、紅茶は、基本的に
沸かしたてのお湯で飲む「べき」なのです。
だから、世界中の紅茶会社が「新鮮な沸かしたてのお湯が重要」と
言っているんですね。
でも、これは、有る意味、『 作る側の論理 』です。
「沸かしたてのお湯で一番美味しくなるように作られた紅茶」
それは、言い換えれば、
「沸かしたて以外のお湯では美味しさが保証されていない紅茶」
であり、
「沸かしたて以外のお湯では美味しくない紅茶」
では、決して有りません。
沸かし抜いたお湯で美味しい場合も、充分、あり得るんですね。
『 作る側の論理 』でなく、『 飲む側の論理 』では、その紅茶を
どんな方法で飲もうと、好みに合えば、飲む人の勝手なんです。
だから今、私達は水だし紅茶も楽しむし、インドでは一日中煮込ん
だチャイを楽しんでいるのです。
その辺りは、ハックスレーさんも充分承知していて、最初にこう書
いています。
http://liyn-an.com/tea_club/20/jumping_tea.html#01E
> The right way to drink tea is the way you like it best.
> お茶の正しい淹れ方は、あなたの好きな好きな淹れ方です。
> それがベスト!
そう宣言した上で、
> To this answer must, however, be added an important
> proviso. In whatever way you take your tea, the leaf
> should have been given the chance of bringing out its full
> nature and flavour.
> この答えは「絶対」です。でも、重要な但し書きが付け加えられ
> ます。あなたがどんな淹れ方をするにしても、茶葉はその持ってい
> る味と香りをフルに引き出されるチャンスを与えられるべきです。
と、ジャンピングの話(沸かしたてのお湯の話)へと入っていくんで
すね。
ここでは、「べきです。」と書いて、「そうでなければ美味しくな
い。」とは書いていません。
あくまでも、最終的に美味しいかどうかは、飲む側の嗜好の問題な
んですから。
その前にも面白い事が書かれているので、ちょっと見てみましょう。
> What amongst so many ways of drinking tea, is the right
> way? Strong brew or weak, milk or no milk, sugar or no
> sugar, loose tea or tea bag, hot or iced, lemon or mint,
> or no even butter-flavoured?
> 強く淹れたり軽く淹れたり、ミルクを入れる人もいれば入れない人
> もいる。お砂糖も入れたり入れなかったり、リーフティーで淹れる
> 人も入れば、ティーバッグの人もいます。ホットが好きですか、そ
> れともアイスティーが好きですか。レモン? ミントティー? それ
> ともバター風味にしますか?
濃さやミルクティーとストレートティーの話は当然ですが、1956年
で既に、イギリスでもティーバッグの話が出てくるんですね。
そして、アイスティーの話も。
アイスティーの発明は、1904年、セントルイス博覧会だと言われて
いますが、その14年前には、ネバダでアイスティーが作られてい
た記録があるそうです。
http://www.o-cha.net/japan/world/report/report14.htm
http://www.lyndonirwin.com/1904%20Tea.htm
まぁ、年代からいえば当然ですが、今でもホットが多いイギリスで
約50年前の本にアイスティーが出てくるのは、非常に興味深いこ
とです。
その次の
「レモン? ミントティー? それともバター風味にしますか?」
レモンティーは、アメリカの紅茶文化ですが、実はイギリスで「ロ
シアンティー」というと、このレモンティーの事なんですね。
イギリスで紅茶文化が花開いたのは、ビクトリア女王の時代。
そのビクトリア女王の娘(孫娘?)が嫁いだ先のロシアを訪れたときに
出されたのがレモンティーだったそうで、それ以降、ビクトリア女
王は、レモンティーがお気に入りだったそうです。
ということで、イギリスでは「ロシアンティー」というと、「レモ
ンティー」のことだそうですが、さて、この「レモン?」は、ロシ
アの事でしょうか?、それともアメリカか?
ミントティーは、モロッコの紅茶文化として有名です。
面白いのが、「それともバター風味にしますか?」。
このバター茶の文化は、ネパールやチベットの山岳民族に今でも残っ
ているお茶の飲み方です。中国の団茶(固く固めた固形茶)を削って、
塩を入れて煮込んで、ヤクのバターを入れて飲むそうです。
http://www.tabisora.com/travel/056.html
http://www.wanogakkou.com/hito/0110/0110_22.html
それにしても、ハックスレーさんの知識はすごいですね。
50年前に世界中のお茶の飲み方を知っていたようです。
前にも書きましたが、ハックスレーさんは、イギリスの植民地時代
のセイロンの宣伝局に長く努めた人です。国際紅茶市場拡大局の副
会長も務めていますから、世界中のお茶事城には詳しかったのでしょ
う。それにしても凄い知識です。
ハックスレーさんは、お茶の淹れ方に関して何カ所か、イギリスの
古い言い伝えを引用しているところがあります。今度はそこを見て
みましょう。
http://liyn-an.com/tea_club/20/jumping_tea.html#01J
> ケトルの中ので新鮮なお湯がぐらぐら沸いているということはさ
> ておき、「ポットを温めなさい」とか「ティーポットをケトルの方
> へ持っていくのよ。ケトルをティーポットの方へ持っていっちゃだ
> めよ」というのは、おばあさんの戯言ではありません。もちろんそ
> うするべきです。ティーポットに注ぐ前にケトルのお湯が充分沸騰
> して、それを冷たいポットへ注いでおけば、より長く沸騰近くの温
> 度に保つ助けとなります。
ここでは、有名な「ポットをケトルの方へ持っていくのではなく、
ケトルをポットの方へ持っていく」という話を使って、抽出温度の
大切さを書いています。
そうなんです。抽出温度が違えば、紅茶の成分の抽出速度も、飽和
濃度も全く違ってしまうんですから。
参考:http://liyn-an.com/shop/sp/temperature.html
そして、最後の最後、極め付けに、ハックスレーさんが「美味しい
紅茶に一番大切なのはこれだ!」と言っていることがあります。
おかしな事に、日本のほとんどの紅茶会社が、一言も触れない事が。
> 誰でも、そしてどんな飲み方が好きでも、美味しく紅茶を飲むた
> めの最終的なルールが、一つあります。
http://liyn-an.com/tea_club/20/jumping_tea.html#04J
なんと、『 最終的なルール 』とまで言っているんですねぇ。
それを、日本の紅茶会社は、一言も説明していません。^^;
それは何か?
> それは、あなたの余裕のある限り良い茶葉を買って、そしてそれ
> を充分な量、使うことです。1ポンドの茶葉で、150杯から200杯
> の紅茶が出来るでしょう。
> 例えば、1ポンドが10シリングの高い品質の茶葉を使っても、1
> カップあたりの値段は1ペニーにもなりません。普通の紅茶とハ
> イクオリティーセイロンブレンドとの間には、天と地ほどの喜び
> とリフレッシュ効果の差があります。
> それにもかかわらず、その値段の違いは、1ポンドの重さの茶葉
> にして、1シリングか2シリングの違いしかありません。良いお茶
> は、誰も文句の言えないちょっとした贅沢ですよ。
つまり、「少しくらい茶葉が高くても、カップ1杯にしたらホンの
ちょっとの違いしかないでしょ。」「でも、その美味しさの違いは、
雲泥の差なんですよ」と、言っているんですね。
「ハックスレーさん。偉い!」
ここまで読んで、思わず叫んでしまいました。
ほんと、そうです。
本当に美味しい茶葉なら、少しくらいいい加減に入れても美味しい
んです。
知人のティーインストラクターも「ほんと、美味しい茶葉はどんな
淹れ方をしても美味しいよね。」と、言ってました。
もっとも、そう言う人達は、美味しい淹れ方が身に付いていますか
ら「いい加減」と言っても、めちゃくちゃな淹れ方はしていないか
らなんですが。
それにしても、ハックスレーさんが最終的に言っている「美味しい
紅茶の条件」は、これだったのです。^^;
もちろん、今まで3回に渡って説明してきた「沸かしたてのお湯」
は、非常に重要です。
でも、最終ルールはこれだったんですね。
ここで、ちょっとご注意ですが、イギリスの貨幣単位は、1972年に
大きく変わって、現在は10進法ですが、1972年以前は、12進法が基
本で、今の貨幣の感覚とは違いますから、ご注意くださいね。
1 ポンド = 20 シリング
1 シリング = 12 ペンス
1 ポンド = 240 ペンス
参考:http://www13.ocn.ne.jp/~uk_fan/jpage/library/lb_q020.htm
最後のこの辺り、これは、ストレートティーとミルクティーの違い
を書いたものだと思います。
> 使う茶葉の量に関しては、濃いめが好きな人、薄めが好きな人、
> それぞれです。全ての好みに合うスタンダードなレシピは存在し
> ません。しかし、複数の人のためにお茶を淹れる場合、濃く淹れ
> たお茶はお湯で薄めることは出来ますが、薄いお茶は濃くできな
> い事は覚えておくべきです。
一般的に、イギリス人は濃いめの紅茶でミルクティーを楽しみます。
でも、その濃い紅茶では、ストレートで飲む場合には、渋くて飲め
ないですよね。だから、その濃い紅茶をストレート用に薄めるため
の、ホットウォータージャグのお湯が有るのです。
イギリスのティールームでは、どこでもホットウォータージャグで
お湯が出てきます。
そのお湯は、一人一人の好みに合わせて紅茶を薄めるためのお湯な
んですよ。決して、「2度目の抽出をするためのお湯」ではありま
せん。だから、あのお湯は、ポットに注ぐのではなく、一人一人の
好みに合わせて、カップに注ぐお湯なのです。
それを説明したのが、
> 複数の人のためにお茶を淹れる場合、濃く淹れたお茶はお湯で薄
> めることは出来ますが、薄いお茶は濃くできない事は覚えておく
> べきです。
という部分なんですね。わざわざ、
> 複数の人のためにお茶を淹れる場合、
と、書いていてくれています。
ポットにお湯を注いで、紅茶を薄めてしまったら、濃い紅茶が好き
な人(特に美味しいミルクティーを飲みたい人)は、美味しい紅茶が
飲めなくなってしまいます。
> 一般的にベストといわれるレシピには、まだありますね。、例え
> ば古い一つとして、「それぞれの人にためにスプーン1杯づつの
> 茶葉を、そして、ポットのために1杯を」とか。
この淹れ方、昔は良く本に書かれていましたが、この淹れ方をして
「渋い!」「美味しい紅茶って、こんなに渋い物なの?」と思った人
は多いはずです。
この量は、ハックスレーさんの実験の
> 三つのガラスのタンブラーを取り、それぞれに茶葉の量を測って
> 入れます。(8オンス:約227g のグラスに対して、1/12オンス:約2.4g
> の茶葉が適量です)
の茶葉の量の、2倍近い茶葉の量になります。
ですから、渋いのは当たり前ですね。
でも、その上の、
> 複数の人のためにお茶を淹れる場合、濃く淹れたお茶はお湯で薄
> めることは出来ますが、薄いお茶は濃くできない事は覚えておく
> べきです。
のすぐ下に書かれていることで理解できます。
イギリスでは、殆どの場合、ミルクティーで紅茶を楽しみます。
2003年、英国王立協会が発表した「一杯の完璧な紅茶のために」と
いう文章も、その淹れ方はミルクティーです。
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/3324/etc/
つまり、このレシピはイギリス人の好きなミルクティー用のレシピ
なんです。
1946年「一杯の美味しい紅茶」を発表したイギリスの濃い紅茶好き
で有名な文豪、ジョージ・オーウェルも、基本はミルクティーで、
その文章の中に、
> 1リットル強入るポットに縁すれすれまで入れるとしたら、茶葉は
> 茶さじ山盛り六杯が適量だろう
と書いています。(小野寺健 訳)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4931284051/250-7331051-6832231
この茶葉の量は、約20gくらいで、
20g ÷ 1000cc × 227cc ≒ 4.5g
となり、ハックスレーさんの実験の2倍くらいの茶葉の量です。
すごく濃いのではなく、ミルクティーにすれば、誰でもが美味しく
飲める位の、ちょうどいい量ですね。
「濃い紅茶が好きだ」と言われるオーウェルでも、飛び抜けて濃い
紅茶好きではなかったようです。
話が少しそれましたが、ミルクティー用のレシピの「それぞれの人
にためにスプーン1杯づつの茶葉を、そして、ポットのために1杯
を」をストレートで飲めば、渋くて当然です。
だからこそ、
> 複数の人のためにお茶を淹れる場合、濃く淹れたお茶はお湯で薄
> めることは出来ますが、薄いお茶は濃くできない事は覚えておく
> べきです。
と書かれているのです。
さてここで、ハックスレーさんの書いた、美味しい紅茶の淹れ方の
条件を列記してみましょう。
当然、『最終的なルール』がトップですよね。そうするとこうなり
ます。
・良質の茶葉を使う
・好みに合わせて茶葉を測る
・沸かしたての新鮮なお湯を使う
・ポットをしっかり温めて、グラグラの熱湯で淹れる
・ちゃんと長い時間蒸らす
こんなところでしょうか。
あれ? どこかで聞いたような文章ですね。
そうです。今、日本で言われている「ゴールデンルール」と、ほと
んど同じですね。
イギリスのティーカウンシルの「How to make the perfect brew:
完璧な抽出方法」にも、ほとんど同じことが書かれています。
http://www.teacouncil.co.uk/newtc/cate/brew.htm
これが、「美味しい紅茶を淹れる基本的な淹れ方」なんですね。
そしてそれぞれの条件は、それぞれ自分の好きな条件を見つける事。
でも、その大前提に「お茶の正しい淹れ方は、あなたの好きな好き
な淹れ方です。それがベスト!」ということがあって、どんな淹れ方
をしても、貴方がそれを「美味しい」と感じれば、それでいいので
す。
という結論で、今回のコラムは終了です。
長々とお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
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