これは、2000年1月29日から2月5日の、スリランカの茶園の旅の記録です。
紅茶の
旅-1
いざスリランカへ 紅茶の
旅-7
キャンディー
ハンターナ茶園の夜
紅茶の
旅-13
スリランカ茶業試験場
ヌワラエリア
紅茶の
旅-2
コロンボで一番安全
オーベロイホテル
紅茶の
旅-8
ハンターナ製茶工場 紅茶の
旅-14
ウバ・オイルマッサージ
アユルベーダ
紅茶の
旅-3
シーギリアへ
エレファントライド
紅茶の
旅-9
ディンブラへ
セイロン式ミルクティー
紅茶の
旅-15
ウバ・アイスラビー茶園
ゲストハウスにて
紅茶の
旅-4
世界遺産シーギリア 紅茶の
旅-10
ディンブラ・茶摘み風景
そしてラデラ茶園へ
紅茶の
旅-16
マウントラビニアへ
紅茶の
旅-5
キャンディアンダンス 紅茶の
旅-11
ラデラ茶園の夜
ダンスパーティー
紅茶の
旅-17
ヨーロッパ人憧れの
マウントラビニアホテル
紅茶の
旅-6
バティック&
スパイスガーデン
紅茶の
旅-12
ディンブラ
マタカレー茶園
紅茶の
旅-18
スリランカ最後の日
スリランカ茶園紀行 紅茶の旅
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2000/2/15〜6/10 にかけて、『 紅茶通信 ☆ Liyn-an TEA TIMES 』に掲載した文章です。

スリランカ茶園ツアー その15
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とうとうやって来ました。憧れの、アイスラビーエステートバンガ ローです。前回は、食事に招待されただけだったんですが、そのあ まりの素晴らしさに、泊めていただくことを夢見ていたバンガロー なんです。

サーバントのカンディアハウプも、まだ元気で、私を出迎えてくれ ました。そして、しっかり私の顔を、覚えていてくれました。

もちろんマネージャーのティラークも、しっかり私の顔を覚えてい てくれたんです。そして、凄く嬉しいことがありました。
なんと、私が写したこのバンガローの写真を、大事に額に入れて、 飾ってあったのです。こんな嬉しいことはありません。本当に大感 激しました。

参加した他のメンバーも、あまりの素晴らしさに目を見張っていま す。隅まできちんと手入れされた部屋、ベッドルームなんて、1部 屋で、リンアンの店より広いんです。本当に(^^;。

「言うより、見せて!」ですよね(^^;。では、まずこちらから。 アイスラビー茶園 ゲストハウス ホール



ホールでくつろぐ北村さんに黒川さん。 お茶を仕事にしている人と、これから 仕事にしようとしている神戸コンビで すね(^^;。



こちらは、2年前に写した写真ですが、是非、ご覧ください。

ね、素晴らしいでしょ。スリランカ中のどのホテルにも負けません。

到着して、歓声を上げながら部屋を見て回り、女性優先で、ベッド ルームを決めて、ホールに集まります。

2年前に来たときから、何人の日本人が、ここアイスラビーバンガ ローを訪れているんだろうかと思って、ゲストブックをめくってみ ました。が、誰もいないんです。少なくともこの2年間に、ここを 訪れてサインした日本人はいない。

こうなると気になりますよね。有るゲストブックを1967年まで全て めくって調べてみました。結果、これまで日本人は10人くらいしか 泊まっていないのです。紅茶で有名な方は、研究者として有名な、 山西貞先生くらいです。やはり、ここは特別な関係の人しか泊めな い所なんですね。私もローハンという強いパートナーがいるからこ そ泊めて頂けるんです。

気がつけば、回りは、アラック(椰子の蒸留酒)で盛り上がってます。 世間話から始まって、仕事の話になったり、世間話に戻ったり、そ うこうしているうちに、「キャンディでは、ハンターナに泊まった んだが、Mr.Hottaの友人で、Shirakiという紅茶を作っている日本 人が来たんだ。知ってるかい?」と、マンガ「美味しんぼ」に出て くる白城さんの話になりました。
「Shiraki?」「ファーストネームは?」「Ken-Shiraki Mr.Ken- Shiraki」「Ken???」「もしかして、イチゴの栽培をしていたKen- Shirakiじゃ無いのか?」「そう!そのKen-Shirakiだ。」

実は白城さんは、最初は、イチゴ栽培の農業指導のために、スリラ ンカへ来たのです。
「私は、Ken-Shirakiと、イチゴ栽培の仕事をしていたんだよ。」 と、ティラークが言い出したんです。「エッエェ〜〜!!。」

ビックリです。リンアンでお会いした白城さんと、スリランカで再 会できたのも、感激だったのですが、まさか、アイスラビーのティ ラークが、白城さんと一緒にイチゴを育てていたとは!。

「Mr.Shirakiに、ここへ遊びに来いよと伝えてくれ。」と伝言され ました。もちろん、帰ってから白城さんに伝えました。白城さんも、 「まさか、そんなところで繋がろうとは!」(^^;;;;;
本当に世界は狭いものです。

世界は狭いというと、話は飛びますが、もうひとつ。
北村さんが宝石を買ったコロンボの宝石商のイシュファミさんが、 なんと、リンアンをオルゴール好きにしてしまった桑名のオルゴー ル博士・水谷さんの友人だったのです。本当に世界は狭すぎる(^^;。
そんな、こんな長〜〜い話が終わって、12時近くになってやっと 食事です。もちろん専用のダイニングです。
見ていただけば判りますが、ちゃんとサーバントがサービスしてく れて、本当に夢のようです。使われている食器だって、素晴らしい。 例えばナイフとフォームにしても、さすがに全員の分が揃っている わけではないのですが、全て銀製。アンティークショップにしか並 んでいない様なナイフとフォークなんです。正に歴史を感じさせま す。

もちろん、食事は旨い!。正直な話、スリランカで 1、2 を争う 一流ホテルの、ホテルオーベロイよりも遙かに美味しい。ここの食 事をレストランに例えれば、ホテル***の食事は、スーパーの総 菜に思えてしまいます(^^;。


食後のティータイムが、また優雅!!。

ここは、ホールとも、ダイニングとも違うリビング。食事の後で暖 炉の燃えるリビングでのナイトティーですよ!。もう、本当にイギ リスのお金持ちになった気分です。


正にそうなんです。
もともと、茶園は、植民地時代にイギリスのお金持ちが作ったもの ですから、そのゲストハウスも素晴らしいのです。そして、このア イスラビーの工場やゲストハウスは、今では数少なくなった、イギ リス人オーナーの所有ですから、管理もしっかりされているのです。

朝早く、庭を散歩しました。良く手入れされた芝生が見事です。遠 くに茶摘みに出掛ける女性たちの声が聞こえます。
庭の横にはコーヒー園があります。「スリランカでコーヒー??」 と思われるかもしれないですね。でも、元々、スリランカで始まっ たのは、お茶のプランテーションではなく、コーヒーのプランテー ションなのです。それが、アフリカから風に乗って運ばれてきた錆 病の菌によって全滅し、茶園に変わったのです。ですから、意外に あちこちでコーヒーの木を見ることが出来ます。

散歩から帰ると、ティラークも一緒になっての朝食です。

朝食は、始めにフルーツが出てきました。もちろん完熟で美味しい。
「こういう風に、フルーツが最初に出てくるのが、伝統のイギリス 式なんだ。ここは、彼みたいな老練なサーバントがいるからちゃん とイギリス式で出てくるけど、若いサーバントだけの所じゃ、これ が出来ないんだ。」と、ローハンが教えてくれました。

トーストも正にイギリス式です。小さいサイズの薄焼きトーストが、 トーストスタンドで出てきます。でも、気に入ったのはロッティ。
直径10cmくらいの素朴なパンケーキなんですが、何故かこれが美味 しい。焼き立てにバターをつけて、何枚もお変わりをしてしまいま した。

食事も終わって、ティラークと再会を約束して、いよいよ憧れのア イスラビーバンガローとも、お別れです。

2年前に来た時には、大量の蝶が、尽きることなく風に乗って流れ ていました。今回も流れる蝶を楽しみにしていたのですが、残念な がら見る事が出来ませんでした。ティラークに聞いたら、「蝶は5 月だよ。」と教えてくれました。あの時は運がよかったのですね。 そして、今頃アイスラビーのバンガローは、流れる蝶に囲まれてい るのでしょう。

では、また、次号で(^^;。
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