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アッサム・ダージリンの茶園の旅の記録です。 |
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2000/6/30から 『 紅茶通信 ☆ Liyn-an TEA TIMES 』に掲載している文章です。 インド茶園紀行その16 翌22日は、早朝5時半に起き出します。いよいよダージリンとも お別れです。 よく考えてみると、このダージリンのラングリーラングリオット茶 園を出ると、バグドグラからカルカッタへ飛び、取引先を再訪問し てから、夜のうちにシンガポールへ飛んで、シンガポールで丸一日 待ち時間があって、また深夜発飛行機で日本へ。 と言うことは、丸2日間、着のみ着のまま。ラングリーリゾートの ベッドの次に寝るのは、自宅のふとん。(^_^;) スーツケースも殆ど開けられないと思っておかねば。慎重に手荷物 とスーツケースを分けました。 おいしい朝食を食べて、リゾートのスタッフに御礼を言い。ドライ バー氏の運転で、昨日の道を。ダージリンめざして走ります。 ダージリンからは、ダージリン鉄道に添って、ダージリンの本道を 下ります。ダージリンの町を抜けると、山の稜線を走ることとなり ます。ここは標高2000m近いヒマラヤの麓だということを思い出させ る風景でした。いつの日か、ダージリンから飛行場のあるバグドグ ラまで自転車でダウンヒルしてみたいものです。さぞかし爽快でしょ うね。次回行くときには、輪行袋に自転車を入れてぇ. ...。^^; ダージリン辺りを走っていると、所々、道端にコンクリート製のベ ンチが設置されています。バス停なのか?、とも思ったのですが、 どうもそんな雰囲気ではないですし、もしかしてお墓ぁ??。と、 ドライバー氏に聞いてみました。「いや、あれはお墓じゃなくて、 死んだ人の遺言で皆のために設置しているんです。」 どうも、安らかに眠る為に善行をしているということのようでした。 「お金のない人は木の椅子を作るし、お金持ちは永久に残るコンク リートの椅子を作るんだ。」「井戸を作ることも有るんだよ。」 そう言えば、集落の辺りには、必ず道路沿いに共同の井戸がありま した。 そんな話から、いつの間にか、話は結婚年齢の話へ。「日本では何 才くらいで結婚する人が多いの?」「20代後半かな。それも段々 遅くなって結婚しない人も増えてきたんです。で、この辺りは?」 「10代前半くらい。」「えっ!?」「それじゃ、学校は?」 「結婚しても学校へいく子もいるし、いかずに働く子もいるし。」 土地が変われば、文化習慣も違うものですが、こうも違うとは。^^; 車はどんどん下ります。ダージリン鉄道とは付いたり離れたり。 この道はダージリンへのメイン街道だけあって、道沿いには名の知 れた茶園がいくつも有りました。オークス、マーガレットホープ、 シンゲル、そしてその奥にはバラスン茶園が。 更に下って、そろそろ下界じゃないか、と言うところに意外や意外 キャッスルトン茶園が有るじゃないですか。「えっ!、キャッスル トンって、こんな低いところだったの?」 一般的には、高地の方が美味しいお茶が採れるとされています。 必ずしもそうでないことは、いつもテイスティングしていれば判る ことなのですが、そういう傾向が有ることは確かです。それが、あ の有名茶園がこんな下の方に有るなんて。(〜_〜) でも、まだまだ下界は下の方でした。(^_^;) そこから更に30分くらい下って、やっと下界に降りてきました。 この辺りでは、山と平原の境目が非常にハッキリと別れています。 車は急な角度で下っているのに、目の前には大平原が広がっている。 下る最後には、そんな不思議な風景になるのです。 今まで道路の脇の急峻な谷を凄い勢いで流れていた川は、突然に幅 1Km以上の大河となるのです。(^_^;) そして、この境目こそが、ダージリン紅茶の境目なのです。 この先の大平原も、行政地域としてはダージリンに間違いはありま せん。地図上でも、ハッキリ「DARJEELING」と記載されています。 しかし、紅茶の産地としては、「DARJEELING・ダージリン」ではな く、「TERAI・テライ」なのです。 現在、「DARJEELING」という表示が許可される茶園は、87茶園し かありません。その全てが、この境目より上。つまり山の地域にあ るのです。 (注記:現在インド茶業局に登録されている茶園は、87ですが、 1つの茶園が複数の茶園名を使う場合が有り、茶園名としては、 100近く有ります。) ダージリン紅茶の証明として、新芽を持つ女性をデザインしたダー ジリンロゴマークが使われていますが、それでもテライなどのダー ジリン以外をブレンドした紅茶が出回ることから、最近、インド茶 業局は、バルクで輸出取引される紅茶に、CTMライセンスNo.の表 示を義務づけました。そのCTMライセンスNo.が許されるのが、こ の境から上の地域の茶園なのです。 ちなみに、リンアンでは、充分ダージリンロゴの使用を許される条 件を備えているということで、ダージリンロゴの申請書類を貰って きました。今、まさにその書類を見ながら、メルマガを書いてます。 でも、、まだ申請するには事業規模がまだ小さすぎます。申請費用 負担が辛い。(^_^;) もう少し売り上げが上がったら、申請して ダージリンロゴを付けますからね。m(_ _;)m ダージリンはインドというより、中国・雲南といった感じなのに、 さすがにここまで下ると、「インドォォォ」という雰囲気です。 インドの雰囲気をいっぱいに味わいながら、車はバグドグラ空軍基 地へ、そしてその中のバグドグラ空港へ入りました。 ドライバー氏が頑張ってくれたお蔭で、予定より早く、約3時間で 着くことが出来ました。 ちょっと時間があるのでレストランで軽食を取ります。 さすがバグドグラの空港ですね。茶園ブランドの紅茶を売っていま した。キャッスルトン、オカイティ、マカイバリ。ある程度名前の 売れた茶園で、商売の上手な茶園です。 窓の外には、戦闘機が何機も止まっています。飛び上がる飛行機も、 旅客機よりも戦闘機の方が多い。(^_^;) 時間が来て、チェックイン。待ち合いロビーの表示は、3種類の文 字で書かれています。ひとつはもちろん英語。残りの二つは? 通訳のアルナック君に聞くと「上はヒンドゥー語、下はベンガル語」。 インドは他民族国家なんですが、民族によって使う文字が何種類も あるのだそうです。 例によって、ボディーチェック、荷物のチェックをして搭乗します。 座席の一角が空けて有ると思ったら、担架に載せられた方が運ばれ てきました。大けがでカルカッタの病院まで運ばれるようです。 何が原因かは判りませんが、「爆弾テロだったんだろうか?」 と、一瞬緊張します。緊張したそのままに飛行機は飛び立ちました。 アルナック君が、機内誌に面白い映画の紹介を見つけてくれました。 主人公はアッサムの茶園オーナーの妻。若い茶園オーナーと恋に落 ち、周囲の反対を押し切って結婚した妻は、茶園労働者の娘。 妻は、結婚したものの、自分の境遇と労働者の境遇文化の違いなど に苦悩するという映画でした。 現在、アッサムの州知事は、茶園労働者だった方だそうです。この ように、制度自体は民主的になっても、人の心や習慣文化はそう簡 単に変わるものではありません。そんなアッサムの現実の一面を、 機内誌の映画案内からも知ることが出来ました。 そして飛行機は無事、カルカッタ空港へ到着、真夏のカルカッタに 戻ってきました。 |