これは、2001年6月14日から6月25日の、インド・
アッサム・ダージリンの茶園の旅の記録です。
紅茶の
旅-1
なかなか日程
が決まらない
紅茶の
旅-7
アッサム、ジャイプール
茶園の茶摘み風景
紅茶の
旅-13
ラングリーラングリオット 製茶工場
紅茶の
旅-2
シンガポール経由
カルカッタへ
紅茶の
旅-8
アッサム・ジャイプール
茶園の製茶風景
紅茶の
旅-14
マリーボン茶園
紅茶の
旅-3
カルカッタ発
いよいよアッサム
紅茶の
旅-9
カルカッタ
ティーオークションセンター
紅茶の
旅-15
ダージリンの町
紅茶の
旅-4
アッサム
ジャイプール茶園
紅茶の
旅-10
いざダージリンへ
ラングリーラングリオット茶園
紅茶の
旅-16
ダージリンからバグドグラ
紅茶の
旅-5
初めて植えられた
茶の樹
紅茶の
旅-11
ラングリーラングリオット茶園1 紅茶の
旅-17
さようならカルカッタ
紅茶の
旅-6
アルナチャール
ブラディッシュ
紅茶の
旅-12
ラングリーラングリオット茶園2 紅茶の
旅-18
番外編 シンガポー
インド・アッサム・ダージリン茶園紀行 紅茶の旅
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2000/6/30から 『 紅茶通信 ☆ Liyn-an TEA TIMES 』に掲載している文章です。

インド茶園紀行その16

翌22日は、早朝5時半に起き出します。いよいよダージリンとも
お別れです。

よく考えてみると、このダージリンのラングリーラングリオット茶
園を出ると、バグドグラからカルカッタへ飛び、取引先を再訪問し
てから、夜のうちにシンガポールへ飛んで、シンガポールで丸一日
待ち時間があって、また深夜発飛行機で日本へ。
と言うことは、丸2日間、着のみ着のまま。ラングリーリゾートの
ベッドの次に寝るのは、自宅のふとん。(^_^;) 
スーツケースも殆ど開けられないと思っておかねば。慎重に手荷物
とスーツケースを分けました。

おいしい朝食を食べて、リゾートのスタッフに御礼を言い。ドライ
バー氏の運転で、昨日の道を。ダージリンめざして走ります。

ダージリンからは、ダージリン鉄道に添って、ダージリンの本道を
下ります。ダージリンの町を抜けると、山の稜線を走ることとなり
ます。ここは標高2000m近いヒマラヤの麓だということを思い出させ
る風景でした。いつの日か、ダージリンから飛行場のあるバグドグ
ラまで自転車でダウンヒルしてみたいものです。さぞかし爽快でしょ
うね。次回行くときには、輪行袋に自転車を入れてぇ. ...。^^;

ダージリン辺りを走っていると、所々、道端にコンクリート製のベ
ンチが設置されています。バス停なのか?、とも思ったのですが、
どうもそんな雰囲気ではないですし、もしかしてお墓ぁ??。と、
ドライバー氏に聞いてみました。「いや、あれはお墓じゃなくて、
死んだ人の遺言で皆のために設置しているんです。」
どうも、安らかに眠る為に善行をしているということのようでした。
「お金のない人は木の椅子を作るし、お金持ちは永久に残るコンク
リートの椅子を作るんだ。」「井戸を作ることも有るんだよ。」
そう言えば、集落の辺りには、必ず道路沿いに共同の井戸がありま
した。

そんな話から、いつの間にか、話は結婚年齢の話へ。「日本では何
才くらいで結婚する人が多いの?」「20代後半かな。それも段々
遅くなって結婚しない人も増えてきたんです。で、この辺りは?」
「10代前半くらい。」「えっ!?」「それじゃ、学校は?」
「結婚しても学校へいく子もいるし、いかずに働く子もいるし。」
土地が変われば、文化習慣も違うものですが、こうも違うとは。^^;

車はどんどん下ります。ダージリン鉄道とは付いたり離れたり。
この道はダージリンへのメイン街道だけあって、道沿いには名の知
れた茶園がいくつも有りました。オークス、マーガレットホープ、
シンゲル、そしてその奥にはバラスン茶園が。

更に下って、そろそろ下界じゃないか、と言うところに意外や意外
キャッスルトン茶園が有るじゃないですか。「えっ!、キャッスル
トンって、こんな低いところだったの?」
一般的には、高地の方が美味しいお茶が採れるとされています。
必ずしもそうでないことは、いつもテイスティングしていれば判る
ことなのですが、そういう傾向が有ることは確かです。それが、あ
の有名茶園がこんな下の方に有るなんて。(〜_〜)
でも、まだまだ下界は下の方でした。(^_^;)
そこから更に30分くらい下って、やっと下界に降りてきました。

この辺りでは、山と平原の境目が非常にハッキリと別れています。
車は急な角度で下っているのに、目の前には大平原が広がっている。
下る最後には、そんな不思議な風景になるのです。
今まで道路の脇の急峻な谷を凄い勢いで流れていた川は、突然に幅
1Km以上の大河となるのです。(^_^;)

そして、この境目こそが、ダージリン紅茶の境目なのです。

この先の大平原も、行政地域としてはダージリンに間違いはありま
せん。地図上でも、ハッキリ「DARJEELING」と記載されています。

しかし、紅茶の産地としては、「DARJEELING・ダージリン」ではな
く、「TERAI・テライ」なのです。
現在、「DARJEELING」という表示が許可される茶園は、87茶園し
かありません。その全てが、この境目より上。つまり山の地域にあ
るのです。
(注記:現在インド茶業局に登録されている茶園は、87ですが、
 1つの茶園が複数の茶園名を使う場合が有り、茶園名としては、
 100近く有ります。)

ダージリン紅茶の証明として、新芽を持つ女性をデザインしたダー
ジリンロゴマークが使われていますが、それでもテライなどのダー
ジリン以外をブレンドした紅茶が出回ることから、最近、インド茶
業局は、バルクで輸出取引される紅茶に、CTMライセンスNo.の表
示を義務づけました。そのCTMライセンスNo.が許されるのが、こ
の境から上の地域の茶園なのです。

ちなみに、リンアンでは、充分ダージリンロゴの使用を許される条
件を備えているということで、ダージリンロゴの申請書類を貰って
きました。今、まさにその書類を見ながら、メルマガを書いてます。

でも、、まだ申請するには事業規模がまだ小さすぎます。申請費用
負担が辛い。(^_^;)  もう少し売り上げが上がったら、申請して
ダージリンロゴを付けますからね。m(_ _;)m

ダージリンはインドというより、中国・雲南といった感じなのに、
さすがにここまで下ると、「インドォォォ」という雰囲気です。
インドの雰囲気をいっぱいに味わいながら、車はバグドグラ空軍基
地へ、そしてその中のバグドグラ空港へ入りました。
ドライバー氏が頑張ってくれたお蔭で、予定より早く、約3時間で
着くことが出来ました。

ちょっと時間があるのでレストランで軽食を取ります。
さすがバグドグラの空港ですね。茶園ブランドの紅茶を売っていま
した。キャッスルトン、オカイティ、マカイバリ。ある程度名前の
売れた茶園で、商売の上手な茶園です。

窓の外には、戦闘機が何機も止まっています。飛び上がる飛行機も、
旅客機よりも戦闘機の方が多い。(^_^;)

時間が来て、チェックイン。待ち合いロビーの表示は、3種類の文
字で書かれています。ひとつはもちろん英語。残りの二つは?
通訳のアルナック君に聞くと「上はヒンドゥー語、下はベンガル語」。
インドは他民族国家なんですが、民族によって使う文字が何種類も
あるのだそうです。

例によって、ボディーチェック、荷物のチェックをして搭乗します。
座席の一角が空けて有ると思ったら、担架に載せられた方が運ばれ
てきました。大けがでカルカッタの病院まで運ばれるようです。
何が原因かは判りませんが、「爆弾テロだったんだろうか?」
と、一瞬緊張します。緊張したそのままに飛行機は飛び立ちました。

アルナック君が、機内誌に面白い映画の紹介を見つけてくれました。

主人公はアッサムの茶園オーナーの妻。若い茶園オーナーと恋に落
ち、周囲の反対を押し切って結婚した妻は、茶園労働者の娘。
妻は、結婚したものの、自分の境遇と労働者の境遇文化の違いなど
に苦悩するという映画でした。

現在、アッサムの州知事は、茶園労働者だった方だそうです。この
ように、制度自体は民主的になっても、人の心や習慣文化はそう簡
単に変わるものではありません。そんなアッサムの現実の一面を、
機内誌の映画案内からも知ることが出来ました。

そして飛行機は無事、カルカッタ空港へ到着、真夏のカルカッタに
戻ってきました。




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