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2000/6/30から 『 紅茶通信 ☆ Liyn-an TEA TIMES 』に掲載している文章です。
インド茶園紀行その7
朝食の後は、お願いをして、茶摘みの現場を見せていただきました。
アッサムの茶摘みは多くの茶園で、伝統的な日傘を被って茶摘みを
するようです。(そうでない茶園も多く有ります。)この辺りは、暑
いことに加え、東南アジア、中国雲南省辺りにも近く、そのあたり
の文化が入り込んでいる証拠ですね。
アッサムの茶園の特徴にシェイドツリー(日陰樹)が有ります。
これは木によって日影を作ることにより、茶の収量を増やすとして、
昔は紅茶の茶園ではどこでも見られた風景なんですが、シェイドツ
リーが無い方が、害虫の発生が減り、収量が増えるという場合も有
り、低地の茶園以外では少なくなっています。
とは言っても、スリランカでもダージリンでも、まだまだ有ります
ね。
このシェイドツリー、アッサム種を発見したブルースが、森を切り
開いて茶園を作るのですが、切り残した木の回りの収量が多いと言
うことから採用されたといいます。
そしてここは、アッサムでも最も歴史が古く、そのブルースがいた
茶園です。さすがに古くからあるシェイドツリーは、巨木と化して
いました。この写真を見てください。まるで森の中の茶園ですよね。
写真を取っているうちに昼食の時間となりました。茶摘みの女性た
ちが頭に摘んだ茶葉を載せてトラックの所にやってきます。
茶葉は計量され、賃金が決まります。
監督をする女性に苦労話を聞いてみました。「休憩時間が終わって
も木陰に隠れて休んでいたりするんですよ。」とか、「日によって
来ない人も多いの。」とか、おもしろい話が聞けました。
給与は基本的に週給で、金曜日に支給されます。そして、土曜・日
曜はお休みで、月曜から摘み始めるのですがぁ。懐が温かい月曜日
は休みが多いとか。^^; 分かる話ですよね。
車から降りた瞬間に感じたのは「あ、暑い!」。^^;
その暑さの中で茶摘みをするのですから、水分補給は欠かせません。
手押しのタンクローリーに水と、お茶(のようなもの)が準備されて
いました。そして、その上には塩が。
汗となって出て行くのは、水分だけでなく、塩分も出て行きます。
ですから塩分を取らずに水分だけを取っていても、脱水症状になっ
てしまうんですね。だから水の所には、ちゃんと塩も準備して有り
ました。
こうやって摘まれた茶葉は、日に3回トラックで工場に運ばれ、最
後は自分たちで工場まで運ぶんですよ。
さて、私達も食事のためにバンガローへ戻ります。
で、午後は、近くの寺院を見学させていただきました。
前夜「近くにテンプルが有るから、見に行くか?」と聞かれたので、
気軽に、「ええ、見せていただきます。」と、答えておいたのです。
それがそれが、こんなに面白くなるとは。
寺院は、ジャイプール茶園のすぐ近くにありました。
和尚様はタイランドから来ているそうで、庭の塔などもどこかタイ
風です。
本堂はコンクリート作りで、ご本尊の他は特に仏教寺院の物は有り
ませんあいにく和尚様はお出かけ中で、少し待たせていただくこと
にしました。
相手をしてくれたのは、この寺院のある村の出身の若いお坊さんな
んですが、私達日本人とそっくりな顔をしているんです。
実は、この村は、少数民族のタイ族の村だったのです。
タイ族は、古くは中国南部に住んでいた民族で、6世紀頃から東ア
ジア各地に移住を始めた民族なんです。現在のタイランドは、そん
な移住した人達が作り上げた国なんですね。
タイ族の人達は、タイランドはもちろん、ベトナム、ミャンマー、
そして東は、このアッサムまで来ているのです。
13世紀、アッサムに移住してきたタイ族系の民族がアホム族で、
アホム族は、アッサムに、アホム王国という王国を築き上げます。
そのアホム王国は、イギリス人がアッサムを統治するようになるま
で、600年間もの間、ここデブルガールの隣のシブサガール地方
に都を築き、アッサムに君臨していたのです。
ここにシブサガールの史跡を中心とした案内があります。
http://www.travel2neindia.com/t2assam/assam-sibsagar.htm
いまでも立派な宮殿跡が残っています。
紅茶の本を読むと、ブルースは、ジャングルの奥地まで入り込み、
原住民の村を訪ね、アッサム種を発見したように思えるのですが、
そのアッサムにはちゃんと文明を持った王国があったのです。
ただ、アホム族の移住の後からもタイ族の人達は移住してきていま
すから、たぶんこの人たちは、後から来た人達でしょう。
ゲストブックを見ると、なんと、ここまで、日本人も来ていました。
読んでみると、どうもバックパッカーの方のようです。
数年前から入域許可がいらなくなったとはいえ、ここまで来ている
日本人がいるのですね。(^_^;)
そんなこんなしているうちに、和尚様が帰ってこられました。
少しお話をさせていただき、お参りをしたあと、ぐるっと村を見せ
ていただきました。
こちらがタイ族の皆さんの高床式の家です。家の下には家畜が飼わ
れています。
この家の形式は、茶の源流調査で訪れた中国雲南省のタイ族の皆さ
んの家の造りと、全く同じでした。思いもかけずに懐かしい風景を
見たのでした。
家の周りには、エリカナッツ(檳榔・ビンロウ)の木が植えられてい
ます。東アジアの各地には、この木の実に、いろんな葉やスパイス
を加え、石灰をつけて噛む習慣があります。
お茶は嗜好品です。では、アジアのお茶の前にはどのような嗜好品
を好んでいたか。それがこの檳榔(ビンロウ)であり、お茶が普及す
るに連れて檳榔が廃れていく。
と言うのが、「アッサム紅茶文化史」や、「茶の民族誌」を書かれ
た元愛知大学教授、松下智先生の説なんです。
松下先生は、少数民族の村に調査に行くと、必ず「お茶が好きか、
檳榔が好きか?」と、聞いて回ります。(^_^;)
で、私も思わず聞いてしまいました。「檳榔はよく噛むんですか?」
案内をしてくれた若いお坊さんは、特別に嬉しそうな顔で「はい、
よく噛むんですよ。」と答えてくれました。
なんか、インド紅茶紀行というより、アッサム文化歴史解説のよう
な雰囲気ですね。(^_^;)
でも、それだけ、この美味しいジャイプール茶園の紅茶に惚れ込ん
でいるんです。そしてそれを作り上げてきた人たちに、その歴史に
果てしないロマンを感じているんです。
そんなアッサムジャイプール茶園の紅茶を飲んでみませんか?
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