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2000/6/30から 『 紅茶通信 ☆ Liyn-an TEA TIMES 』に掲載している文章です。
インド茶園紀行その6
一夜明けて、オーナーが面白いところへ連れていってくれるという
ので、また、マネージャー・サッカー氏の運転で車に乗ります。
ジャイプールの町を抜けて川沿いを走り、船着き場に車は止まりま
した。
ブラマプトラ川の支流・ブヒディヒン川です。支流と言っても本流
の川幅が、狭いところでも8Kmも、広いところでは30Kmくらいある
川の支流です。支流でも充分に観光船を運行できる川幅があります。
観光船と言っても、お客様は来るのだろうか。暇そうに客を待って
ます。オーナーのクマール氏自身も、乗るのは初めてだそうです。
ゲストである私達のために、わざわざ連れてきていただいたようで
した。
船に乗り込み、エンジンをかけ、上流に向かって船は動き出します。
のんびりとした川岸の風景は、日本の観光船から見る風景と何も変
わりません。
「あれがアルナチャールブラディッシュだよ。」と、クマール氏が
指さしました。
「えっ!」。
通訳のアルナック君が補足してくれます。「ほら、向こう岸に見え
る山の所がアルナチャールブラディッシュ州です。」
「アルナチャールブラディッシュ」
古くは、ネッファ「The North-Est Frontier Agency」と呼ばれた地
域です。現在はインドが実行支配をしていて、アルナチャールブラ
ディッシュ州となっていますが、国際的には中国との国境が確定し
ていない地域です。
19世紀初め、東インドのベンガル地方を植民地化したイギリスも
アッサム地方にはそれほど関心を示しませんでした。
ただ、ビルマの侵略のために軍隊を配置していたに過ぎません。
それがブルース兄弟のアッサム種の発見で一変します。茶園開発を
進め、そこに住んでいたジュンポー族を追い出しながら茶園を拡大
していきます。アッサムがイギリスにとって、非常に重要な地域に
なったのです。
しかし、イギリスはその北側の山地には、関心を示しませんでした。
なんの役にも立たない地域と考えていました。
その山の向うは半植民地化した中国(清)です。が、ヒマラヤが自然
の要壁となり、防衛的な意味合いも見いださなかったからです。
そのため、20世紀初頭まで国境線を引こうという動きすら有りま
せんでした。
20世紀に入りインド北部シムラで、イギリス・中華民国・チベッ
ト3国での協議が行われ、イギリス全権代表マクマホン卿の提案で
ヒマラヤの稜線を国境とする案が、イギリス・チベット間で合意さ
れます。これがマクマホンラインと呼ばれる地図上の一本の線です。
もし、手元に世界地図があれば、この辺りを開いてみてください。
殆どの地図帳で、この地域に点線の2本の国境が引かれているはず
です。中国はいまでも、このマクマホンラインを認めていません。
その2本の線の間がこのアルナチャールブラディッシュ州なのです。
地形的に見れば、「ここは絶対に中国ではない。」と言える地域です。
が、そこに住んでいる人達は、私達や中国の人達と同じモンゴロイド
に属する少数民族であり、民族的、言語的、文化的にはチベットの
一部と言ってもおかしくは有りません。
マクマホンラインがイギリスとチベットの間で決められたことも有
り、現在チベットを支配している中国は、ここを中国領土として主
張しているわけです。
1959年、そして1962年 武力衝突に発展します。それ以降インドはこ
の州を重要視し、開発に力を入れるようになりました。と言うこと
で、現在もアルナチャールブラディッシュ州に入るには、特別に入
域許可が必要なんです。
私が「えっ」っと声を上げたのは、さらに訳がありました。
ブルース兄弟の兄、ロバートブルースが茶樹を発見したのは、この
アルナチャールブラディッシュ州だと言われているのです。
もっとも、その場所は、ここからアッサム州のティンスキア地方を
隔てた向こう側のサディア地方なんですが。
それでも、いつかは行ってみたいアルナチャールブラディッシュ州
が目の前にあるのです。
実は飛行機の中でクマール氏は「明日は、アルナチャールブラディッ
シュに行くからね。」と、気軽に声を掛けてくれました。
信じられなかったです。
結果的には、許可が取れなかったようで行くことが出来ませんでし
たが、そのアルナチャールブラディッシュを、この目に焼きつけま
した。「いつか、きっと行くぞ」と言う思いと共に。
船は、小島に接岸しました。ここが観光の目玉のようです。
ここには、廃墟のような寺院があります。そしてすぐ脇には、即身
仏の祭られた祠がありました。
昔、村の災害が止むことを祈願して、自ら入ったのだそうです。
アッサム辺りは、一年間を通し、大体において高温多湿で、ランの
成育に適しるため、山に入ると野性のランが多く見られます。
ジャイプール茶園では、ランの栽培の計画も有り、サッカー氏は見
つけた野性のランを採取していました。
茶園に戻り、今度は奥の茶畑に案内していただきました。
現在、世界中の殆どの茶園では、クローニング(挿し木)で苗を生産
しています。種が芽を出すためには、違う親どおしから出来た種で
有ることが必要です。ですから種から育てた苗は、親とは必ず違う
性質が現れます。と言うことで、通常優良な茶樹を増やすには、挿
し木が行われるのです。
ところが案内していただいたのは、種を取る為の茶樹の畑だったの
です。
この茶園でも殆どはクローニングで苗を育てています。しかし、一
部で、種からも苗木を育てていました。
「何故、種から苗木を育てるのですか?」と言う質問に、クマール氏
は「挿し木から育てた苗木の根は横に広がるが、種から育てた苗木
は、最初の一本が地中深く根を張る(直根と言います)。だから丈夫
で、その方がいい場所も有るのです。」と答えてくれました。
でも、通常、種から苗木を育てる場合は、品種改良する場合が多い
のです。ですから、ジャイプール茶園でも、そういう意味もきっと
有るのだと思います。
次に連れていってもらったのがナーサリー(苗木畑)でした。
{TV-20」「TV-21」。品種を書いた立て札には、挿し木をした日付と
本数が書かれています。一つの苗床で1500本ほどの苗が植えられて
いました。
この茶園で植えられる殆どの苗は、ここで生産されますが、それで
も足りず、買ってくる苗木も有るのだそうです。
「ところで、昨日見せていただいた、あの素晴らしくゴールデンチッ
プの多い紅茶の苗は、どの品種ですか?」という私の問いに、クマー
ル氏は、「It's Secret!」「それは秘密だよ。」と、笑いながら答
えてくれました。
きっと、あの茶畑の木の種から出来た、秘密の品種なんでしょうね。
朝食の為にマネージャーバンガローへ戻ります。
途中、サッカー氏が道端の子供たちを、突然叱り出しました。
子供たちが密造酒を売っていたのです。
もちろん、禁止されています。子供たちがそれを売るなど、良いこ
とでは決して有りません。突然のことにビックリしましたが、茶園
マネージャーは、茶園に住む労働者の子供たちの教育にまで責任を
持っているのだということを実感した瞬間でした
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