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アッサム・ダージリンの茶園の旅の記録です。 | ||||||
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2000/6/30から 『 紅茶通信 ☆ Liyn-an TEA TIMES 』に掲載している文章です。 インド茶園紀行その5 しばらくお茶を飲みながら歓談した後、服を着替えて、茶園を見学 させていただくことになりました。 マネージャーの運転で、オーナー自らが最初に案内してくれたのが、 あの、中国から輸入して最初に植えた茶樹の所だったのです。 どうしても来たかった、どうしても見たかった茶樹!。 それが今、目の前にあります。\(^o^)/ イギリスは、インドでの茶樹栽培を実施すべく、中国で茶の種を集 め、1834年にカルカッタに送り、カルカッタ植物園で4万2千本の 苗木に育てます。それをアッサムへ2万本、マドラス地区(ニルギリ) へ2千本、北西ヒマラヤ地区へ2万本へ送り、実験栽培が始まった のです。 私の調べた限りでは、マドラス地区へ送った苗木は、ほぼ全滅。北 西ヒマラヤへ送った苗木は、上手く育ったという話も有るのですが、 その後どうなったのか判りません。 アッサムへ送った苗木は、アッサムへ着いたときには8千本に減り、 サディアに植えられたのですが、表土の下が砂層のため、水はけの 良い場所を好む茶の樹は育たず、ジャイプールを始め数カ所に植え 替えられます。 その、まさにその、植え替えられた茶樹が目の前にあるのです。 これが、興奮せずにはいられるでしょうか。 ここに来るまでに一つの疑問がありました。 「中国から輸入した種から育てたと言っても、本当に中国種なのだ ろうか?」 本にはあまり書かれていないことですが、実は当時、既に中国では アッサム種からお茶が作られていました。言ってみれば、イギリス 人がアッサム種の茶樹を知らなかっただけなのです。 リンアンにはアッサム種の茶の葉のサンプルが有りますが、それは 私自身が中国雲南で採取してきた、300〜500年前の茶畑が野生化し、 生き残った茶樹の葉なのです。 アッサム種は暑い場所を好みます。一方中国種は寒い所を好みます。 ですから、「アッサムで、本当に中国種の茶樹が育ったのだろうか」 という疑問がずっと有ったのです。 「中国から輸入した種の中には、アッサム種の種も有り、それがこ こジャイプールで育ったのではないのか?」と、考えていたのです。 それをこの目で確かめたかったのです。 その茶樹は1本だけかと思っていましたが、10m四方くらいの場所が 金網で仕切って有り、その中にある数十本の木は、全て当時の茶樹 だということでした。 はっきり言って「この木はアッサムだよ。」という木も有りました。 160年以上経っていますから、それは当然でしょう。 が、多くは中国種のようです。
(画像が横向きですね。(^_^;)
オーソドックスはストレートでテイスティングしますが、CTCの
場合は、インド国内のチャイの需要が中心のため、ミルクテストが
重要な要素となります。
私もテイスティングしましたが、水のせいか、はたまた茶葉の品質
のせいか、リンアンで飲むジャイプール茶園の紅茶の方が美味しかっ
たです。
工場見学の後は、シャワーを浴びてから、オーナーの部屋でアッサ
ム地ビール(アッサム限定販売って、英語で書いて有りました。けっ
こう美味しい。)を飲みながら、2時間くらい、ゆっくりと会話させ
ていただきました。プライベートな話から、日本はどうしてそんな
に工業が発展して経済大国になったのか、なんて話まで。(^_^;)
さて、やっと夕食です。
インドの食事は、日本と3時間くらいずれています。朝食は一仕事
終わった10時頃、昼食が3〜4時、夕食は10時半頃にとって、
食後にすぐ寝ることになります。
食後のデザートはライチ。それも、もぎ立てのライチです。
オーナーのクマール氏がライチ好きで、庭に植えて有るのです。枝
ごと取ってきて、そのまま食卓へ。新鮮この上なく、冷えていなく
ても充分おいしいライチでした。
いつも思うのですが、どこの茶園でも、設備が悪くても、ベッドメー
キングとタオルはちゃんとしています。それこそ一流ホテルに負け
ないくらいに。ジャイプールでも厚いタオルとぐっすり眠れるベッ
ドが準備されていました。ではお休みなさい。
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